東京地方裁判所 平成7年(ワ)25220号 判決
原告 有限会社胖ビル
右代表者代表取締役 高橋胖三郎
右訴訟代理人弁護士 成毛由和
同 成田茂
同 狐塚鉄世
被告 神田清
被告 神田雄啓
被告 神田香津子
右被告三名訴訟代理人弁護士 榊原卓郎
同 安部陽一郎
同 依田敏泰
主文
一 原告の請求をいずれも棄却する。
二 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第一請求
一 被告神田清及び被告神田雄啓は、原告に対し、別紙物件目録記載二の建物を明け渡し、かつ、平成七年一一月二三日から右建物明渡済みまで、各自一か月四〇万八〇〇〇円の割合による金員を支払え。
二 被告神田清及び被告神田香津子は、原告に対し、別紙物件目録記載三の建物を明け渡し、かつ、平成七年一一月二三日から右建物明渡済みまで、各自一か月五九万円の割合による金員を支払え。
第二事案の概要
一 本件は、建物の賃貸人である原告が、賃借権の無断譲渡・無断転貸、建物管理権侵害、建物の無断改造、用法遵守義務違反などを理由に賃貸借契約を解除したとして、賃借人及び占有者である被告らに対し、賃貸建物の明渡しと賃料相当損害金の支払を求めた事案である。
二 前提事実(特記しない限り当事者間に争いがない。)
1 原告は、別紙物件目録記載一の建物(以下「本件ビル」という。)の所有者である。
2 原告は、昭和四六年九月一七日、被告神田清(以下「被告清」という。)に対し、別紙物件目録記載二の建物部分(以下「本件建物(一)」という。)を期間同年一〇月一五日より同五一年一〇月一四日まで、賃料一か月一一万円の約定で賃貸した(以下「本件契約(一)」という。)。
また、原告は、昭和四七年八月三一日、被告清に対し、別紙物件目録三記載の建物部分(以下「本件建物(二)」という。)を期間同年八月三一日から同五二年八月三〇日まで、賃料一か月一七万円の約定で賃貸し(以下「本件契約(二)」という。)、その後、右各賃貸借契約は更新された(甲一の1、二、四二、四三、乙一ないし四)。
3 被告神田香津子(以下「被告香津子」という。)は、営業許可を取得した上で、本件建物(一)で広島お好み焼き店「POPURA」を、本件建物(二)で喫茶店「ポプラ」をそれぞれ経営して右各建物を占有している(甲四の1ないし6、六六の1ないし7、弁論の全趣旨。以下本件建物(一)の店舗を「地下店舗」と、本件建物(二)の店舗を「一階店舗」ともいう。)。
4 原告は、被告清に対し、昭和六二年一二月二八日付通告書によって、直ちに地下店舗の厨房からの排水管を汚水槽に直結するよう通告し、右通告書は同月二九日に本件各店舗に配達された(甲七の2、3)。
5 原告は、被告清に対し、平成七年一一月二二日、本件契約(一)、(二)を解除する旨の意思表示をした(甲一一)。
6 原告は、被告清に対し、平成八年六月一七日の本件口頭弁論期日において、予備的に、本件契約(一)、(二)を解除する旨の意思表示をした。
三 争点
本件における争点は、本件契約(一)、(二)について、原告の主張する以下の解除事由が存在したかどうかである。
1 賃借権の無断譲渡あるいは無断転貸があったか(争点1)
(原告の主張)
本件契約(一)、(二)の契約書には、賃貸人として原告の、賃借人として被告清の名が記載されているところ、実際に本件建物(一)、(二)を使用しているのは被告香津子であり、賃料の支払も同人の名義になっている。原告は、本件建物(一)、(二)の中で誰が働いていようと、賃借人は被告清であり、同人と賃貸借契約を締結したと信じてきた。賃料の支払や、賃料値上げの裁判の被告、賃料の供託人の名前等はすべて被告清である。また、東京地方裁判所平成二年(ワ)第三〇四三号事件の口頭弁論期日においても、本件建物(一)、(二)についての契約当事者は、原告と被告清であり、被告香津子は、契約の当事者ではなく、保証人である旨確認している。したがって、被告清は、被告香津子に賃借物である本件建物(一)、(二)の賃借権を原告に無断で譲渡したか又は無断で転貸しているものといわなければならない。
(被告らの主張)
本件契約(一)、(二)の賃借人は被告清であるが、実質的な賃借人ともいうべき建物の使用者は契約当初から被告香津子であり、賃料の支払も被告香津子が行っている。被告香津子は、本件建物(一)で飲食店を開きたいと考えたが、本件契約(一)を締結する際に「女では軽く見られる」と考えて、たまたま北海道から東京に来ていた義兄の被告清に賃借人になってもらったのである。飲食店の経営者が被告香津子であることは原告の代表者は当初から知っており、これを承諾していたものである。したがって、被告香津子が本件建物(一)、(二)を使用することについては原告の承諾があるものであり、何ら信頼関係を破壊するものではない。
2 被告らが、原告の管理権を侵害することがあったか。あるとすれば、これが本件契約(一)、(二)の解除原因となるか(争点2)。
(原告の主張)
被告らは、以下のとおり本件ビルについての原告の管理権を侵害した。
(一) 電話回線工事の妨害
本件ビルの二階及び四階を賃借していた株式会社ソフマップ(以下「ソフマップ」という。)が平成五年六月一〇日と同六年二月二八日、業務用コンピュータ回線の増設工事を実施する際、被告清が賃借している一階店舗内に電話配電盤があるので、電話局担当者が被告清に工事協力依頼をしたところ、右工事は電源をつなぐためであるから一分もかからないのにもかかわらず、被告香津子は「許可できない。」と断った。ソフマップ側が原告に対し早急なる処置及び対応を依頼したので、原告は、被告香津子にこの点を申し入れたが断られた。これは、被告らが原告の賃貸権の権利の行使と建物の管理権を侵害したものというべきである。
(二) 貯水槽、汚水槽の清掃妨害
建築物環境衛生管理基準により、建物所有者には貯水槽の清掃を一年以内に一回定期に行うことが義務付けられ、しかも、必要な書類を作成し五年間保存することになっている。しかし、被告らの妨害により、右清掃は平成四年一月以降実施されていない。平成五年六月二二日の午前九時から正午まで原告が頼んだバッキング車が来たが、被告香津子は、「清掃には協力できない。」と言って清掃人を室内に入れず、同年一一月一八日の午前九時から正午まで原告が頼んだバッキング車が来ても、被告香津子の従業員は、「責任者が出勤していないから。」と言って清掃人の立入りを断った。被告香津子の右行為は、原告の本件ビルに対する管理権の妨害に当たる。
(三) 搭屋クーリングタワーの不撤去
被告清は、昭和六二年六月二五日、本件建物(一)の内装工事の完了後、塔屋のクーリングタワーを撤去しなかった。そのため破片が道路に落下し、通行人に当たる危険性があり、またタワー内の水が外装カバーがないために道路に飛び散っていた。原告は、被告清に改善を申し入れたが、被告清が応じないので、原告は自己の費用で撤去作業を行った。
(四) 自動車駐車の妨害
平成六年八月八日、原告の依頼を受けた株式会社ドムスが本件ビルの階段床張替工事をした際、本件ビル入り口に材料等を搬入するため自動車をおいたところ、被告香津子から「工事には協力できないから自動車をあっちへ持って行け。」とひどい剣幕で言われ、やむなく別の道路へ自動車を移し、それから材料を運んで工事を完了した。被告香津子は、道路上に看板や自家用車をおいている。
(五) 塗装工事の妨害
被告香津子は、平成七年一〇月一三日午前一〇時ころ、原告が依頼した石原塗装が本件ビルの五階、六階ベランダの塗装工事をすべく塗料の缶をふたを閉めたままおいたところ、客が臭いと言ったと言って工事人を怒鳴りつけた。
(被告らの主張)
(一) 原告の主張(一)は否認する。
平成六年四月ころ、被告香津子に事前に何の連絡もなく、突然、営業時間中に、NTTの工事人が一階店舗に来たことがあり、そのため、被告香津子あるいは従業員が工事人に対し、店が一番混んでいるときなので、工事はちょっと待ってほしい旨申し入れ、工事人は大変失礼したといって帰っていったことはある。
(二) 原告の主張(二)は否認する。日時は定かではないが、事前連絡もなく、突然、客の大勢いるときに、清掃人が一階店舗に来たことがあった。本件各店舗は飲食店であり、営業時間中に汚水のにおいを撒かれては大きな迷惑であるため、被告香津子あるいは従業員が、清掃人に対し、客の少ない、あるいは客のいない時間帯に、前もって連絡してから来てほしい旨言ったことはある。
(三) 原告の主張(三)は否認する。原告は、被告香津子が依頼した工事人が建物の屋上に上がることを頑なに拒否した。そのため、被告香津子は撤去工事ができなかったのである。
(四) 原告の主張(四)は否認する。この件かどうかは分からないが、被告香津子は、日頃から営業妨害になる不法駐車に対しては抗議をしている。
(五) 原告の主張(五)は否認する。日時は定かでないが、被告香津子は、店の迷惑を考えずに無神経に臭いにおいを発散させていた塗装工事人に対して注意をしたことはある。被告香津子が経営している喫茶店はコーヒーを提供する店であり、いわば香りを売っているのである。
3 本件建物の無断改造があったか(争点3)。
(原告の主張)
被告清は、以下のとおり無断改造の工事を行っている。
(一) 被告清は、原告に無断で昭和六二年四月二九日から、地下店舗の喫茶店をパブに改造する内装工事を行った。この工事は、本件契約(一)に違反している。
(二) 被告清は、同年八月二二日ころ、本件建物(一)の厨房設備を西側から東側に移設した際、その移設した厨房から排水管を汚水槽までつながずに地下一階の中央付近より床下にあるピット(以下「本件ピット」という。)につなぎ、これに汚水を流す工事(以下「本件排水工事」という。)を無断で行った。
従来の本件建物(一)の厨房設備は、汚水槽と隣接していたので、厨房設備と汚水槽を排水管で結び、地下便所及び店舗流しの汚水をすべて汚水槽に集め、汚水ポンプにより地上に汲み上げ下水道に流す仕組みであった。しかし、本件ピット自体には、排水ポンプが設置されておらず、本件ピットの底部から六四〇ミリメートルのところに汚水槽につながるスリーブが存在するものの、本件ピットに溜まった水は、底部から六四〇ミリメートルより上部の上澄水だけが右スリーブを通じて汚水槽に流れ、それ以下の水は滞留したままになる。本件排水工事の結果、流しの雑排水が流れ込んで腐敗し、多量のノミバエとチョウバエがわき出して悪臭が漂っている。また、本件ピット内の水が地下に浸透し、建物の基礎を揺るがし、加えて、油などを含んだ汚水は硫化水素を発生させ、コンクリートの表面を傷つけ、鉄筋を腐食させて本件建物の耐用年数を縮めている。さらに、本件ピットに流入した汚水は、一二年間にわたり多量の汚泥状沈殿物を堆積させたので取り除かねばならないところ、そのためには槽内に入れるよう入り口を大きくして中に入り、酸欠事故防止をしたうえ、沈殿物を取り除き、これを産業廃棄物として処理した後に清掃補修をし、その後、下水道法、建築基準法に適合する排水設備に改善する必要がある。これには多大な費用と手間がかかるのである。このような、被告清が地下水のためのピットに一〇トン以上の汚水を溜め、腐敗させ、ノミバエとチョウバエをわかせている行為は、下水道法一〇条「排水設備の設置」に違反するとともに、下水道法施行令八条「排水設備の設置及び構造の技術上の基準」に違反している。また、被告らの行為は建築基準法施行令一二九条の二の二「排水その他の配管設備の設置及び構造」の3の二、三及び東京都のビルピット対策指導要綱にも違反している。
右工事につき、原告代表者高橋胖三郎(以下「胖三郎」という。)は説明を受けたことはない。かえって、胖三郎は、昭和六二年九月ころ、本件建物(一)で工事が行われているのを知り、その場へ赴いて、工事業者に何をやっているのか尋ねたところ、作業員に怒鳴りかえされた。胖三郎は、本件建物(一)の洗い場から水を流しても汚水槽に通じていないことを発見したので、昭和六二年一二月二八日付通告書で直ちに排水管から汚水槽に直結するよう通告したが、被告清は、これを無視し、胖三郎がその後何度も改善工事をするよう通告し続けたにもかかわらず、被告清は、これを無視し続けた。なお、本件ビルの配管は、塩化ビニール管を使用しているので水漏れはあり得ない。
(三) 被告香津子は、平成四年一一月二六日ころ、原告の承諾なしに本件ビルの一階から本件建物(一)へつながる階段入口の左側に金網を取り付けた。原告は、これを五日以内に撤去するように通告したが無視され、その後一年七か月も取り付けられたままであった。
(四) 被告清は、平成六年に地下店舗をお好み焼き店に改造した。この改造にあたり、被告清の代理人の弁護士は同年六月七日、右改造の承諾を求める書面を原告に郵送してきたが、被告清は、原告がこれを承認しないうちに無断で改造工事をした。被告清は、同月二九日から店を休みにして工事にかかり、同年九月九日に開店した。右の改造内容は、<1>厨房内のガス台、及びガス器具を新品のものに交換、<2>厨房内の換気扇の改修工事、<3>厨房内の流し台の改修、交換工事、<4>空調設備の改修工事である。
(被告らの主張)
(一) 原告の主張(一)のうち、被告香津子が昭和六二年四月ころに店舗の内装・設備を変更したことは認める。しかし、原告が賃貸している本件建物(一)の原状はコンクリートむき出しの箱の状態であり、内装、設備工事は、すべて賃借後被告香津子が行ったものであるから、自ら設置した内装、設備を変更することは、賃借建物の改造には該当しない。また、右工事については、被告香津子が依頼した株式会社クリエイション(以下「クリエイション」という。)の担当者が何度も胖三郎の自宅(本件ビル六階)を訪ねて、同人に対し、図面を見せながら十分説明をし、了解を得ている。
(二) 原告の主張(二)のうち、厨房設備を移設したこと、排水設備を付け替えたことは認める。厨房設備は、昭和四八年に西側に移設される以前は、南側に設置されていた。本件建物(一)は、水漏れがひどいので、昭和四八年に水漏れ対策工事を行った。しかし、昭和四八年の右工事による厨房設備移設後も、一年に一度くらいの割合で、天井からの激しい水漏れに襲われており、また床面からの水漏れもあって、たびたび水浸しの状態になったので、水漏れの原因を徹底的に調査して、対策工事を実施することとなり、昭和六二年に、約三か月にわたり、被告らが設置していた天井、床、壁などの内装をすべて撤去して、検査を行い、水漏れの原因が排水管の継ぎ手及び管の不良であることが判明したので、継ぎ手及び管の取り替え、補修工事を実施した。被告らが依頼したクリエイションは、厨房からの排水を床下のピットを経由して汚水槽へと流す工事(本件排水工事)をした。本件排水工事については、工事の開始前に、義則とクリエイションの代表者歌田敏彦(以下「歌田」という。)が胖三郎の自宅を訪ね、水漏れの原因調査と内装の全面的やり直し工事を行うこと、工事の内容の詳細は、担当の工事業者に説明に来させることを伝えた。そして、担当業者であるクリエイションは、事前の打合せ段階及び工事図面ができあがった段階に、また、工事の途中においても、何度も胖三郎と打ち合わせをしているし、胖三郎は、右工事が始まってからも何度も現場に足を運んでいる。また、ピットについては、被告らは、随時業者に依頼して清掃作業を実施しており、被告らが本件建物(一)を不衛生にしている事実はない。
(三) 原告の主張(三)のうち、被告香津子が金網を設置したことは認める。ある時、原告が一階から地下一階へ通じる階段の入口部分にポールを設置したところ、通行人がそのポールの間からゴミ等を投げ込んだり、あるいは、浮浪者がポールの間から手を入れて勝手にシャッターを開けて中に入り込む等の被害が出たので、被告香津子はやむを得ずポールの間に金網を設置したものである。
(四) 原告の主張(四)については、当該工事を被告香津子が行ったことは認めるが、右工事は、自ら設置した厨房設備の手直しであり、原告から賃借している建物の改造工事ではない。被告香津子は、念のために、工事をすることを原告に通知したのである。
4 本件排水工事につき用法遵守義務違反ないしは善管注意義務違反があるか(争点4)。
(原告の主張)
前記3の原告主張(二)記載のとおり、被告清は、昭和六二年八月二二日ころ、本件建物(一)の厨房設備を西側から東側に移設した際、その移設した厨房から排水管を汚水槽までつながずに地下一階の中央付近より床下にある本件ピットにつなぎ汚水を流す本件排水工事をした。右工事により、ピットには一〇トン以上の汚水が貯留し、腐敗してヘドロがたまっており、本件ビルの基礎を危うくしている。右の状況は、下水道法一〇条「排水設備の設置」、下水道法施行令八条「排水設備の設置及び構造の技術上の基準」、建築基準法施行令一二九条の二の二「排水その他の配管設備の設置及び構造」の3の二、三、東京都のビルピット対策指導要綱に違反している。
胖三郎は、本件建物(一)の洗い場から水を流しても汚水槽に通じていないことを発見したので、昭和六二年一二月二八日付通告書で直ちに排水管から汚水槽に直結するよう通告したが、被告清はこれを無視し、胖三郎がその後何度も改善工事をするよう通告し続けたにもかかわらず、被告清はこれを無視し続けた。
胖三郎が、右違法行為の具体的内容を知ったのは、平成一〇年四月六日に、裁判所が選任した鑑定人が現場へ臨場し鑑定を行うのに立ち会ったときである。
(被告らの主張)
原告の主張のうち厨房設備を移設したこと、排水設備を付け替えたことは認める。厨房からの排水は、本件ピットを経由して汚水槽へとつながっており、原告がいう違法な工事には当たらない。また、被告らは、本件ピットを随時業者に依頼して清掃作業を実施しているから、基礎が危うくなっているといった事実はない。また、原告は、昭和六二年当時から、本件排水工事による地下店舗の厨房の排水構造を認識していた。
第三争点に対する当裁判所の判断
一 争点1について
1 前記前提事実に証拠(甲一の1、二、三、四の1ないし6、五の1、2、一〇、二三ないし二七、三五、四二、四三、乙一ないし四、証人神田義則、原告代表者)を総合すると、以下の事実が認められる。
(一) 被告香津子は、かねてから飲食店の経営を希望していたところ、被告香津子の夫である義則は、昭和四六年ころ、本件ビルの建築工事が行われているのを知り、右ビルが飲食店の経営に適していると判断し、被告香津子と相談の上、不動産業者に被告香津子が飲食店を経営するものであることを告げた上で、本件建物(一)の賃借方を申し入れた。
(二) 原告は、不動産業者を介しての右申入れを了承したが、義則は、賃貸借契約の賃借人には、女の被告香津子ではなく、義則の実兄である被告清になってもらうのが適当であろうと考え、その旨を被告清に依頼し、その結果、昭和四六年九月一七日、原告と被告清との間で本件契約(一)が締結された。被告清は、札幌市に居住していたが、原告は、その点は特に問題としなかった。右契約締結当時、本件建物(一)は、コンクリートが打ちっ放しの、いわゆるスケルトン状態であったため、被告側で厨房設備を含む内装、設備工事の一切をし、被告香津子が保健所の営業許可を取り、飲食店の経営を始めた。
(三) その後、昭和四七年八月三一日、原告と被告清は、本件建物(二)について本件契約(二)を締結した。本件建物(二)は、もともと駐車場として設計・施工されたものであったため、店舗としての設備は何らされていなかったが、後述のとおり被告側で内装設備工事を行い、被告香津子が飲食店を開いた。
(四) 本件建物(一)の賃料は、昭和五一年一〇月一五日から月額一五万円、昭和五五年一〇月一五日から月額一九万円、昭和五七年七月一日から月額二一万円、昭和五九年一〇月一日から月額二二万五〇〇〇円、昭和六一年一〇月一五日から月額二五万円、平成元年四月一日から月額二五万七五〇〇円にそれぞれ増額され、本件建物(二)の賃料も、昭和五〇年一二月一日から月額二〇万円、昭和五五年五月一日から月額二四万円、昭和五七年二月一日から月額二六万五〇〇〇円、昭和五九年一〇月一日から月額二八万円、昭和六一年一〇月一日から月額三一万円、平成元年四月一日から月額三一万九三〇〇円にそれぞれ増額された。
また、原告は、平成二年と平成四年の二回にわたり、被告清を相手に賃料改定請求訴訟を提起し、その裁判の結果、本件建物(一)の賃料は、平成二年三月三〇日から月額三七万円、平成三年一二月一日から月額四〇万八〇〇〇円に増額され、本件建物(二)の賃料は、平成二年三月三〇日から月額五四万五九〇〇円、平成三年一二月一日から月額五九万円に増額された。
(五) 本件契約(一)、(二)に基づく賃料の支払は、当初はポプラの使用人あるいは事務員が持参して支払っていたが、遅くとも昭和六二年七月までには被告香津子名義による銀行振込の方法により支払われるようになった。しかし、本件訴訟が提起されるまでの間、右被告香津子名義による賃料の振り込みについて、原告から異議が述べられたことはなかった。もっとも、平成二年に原告が提起した賃料増額の裁判中は、原告が賃料の受け取りを拒否したために供託がなされていたが、右原告の受取り拒否の理由は、被告清が賃料の増額に応じなかったためであり、被告香津子名義による支払を問題としたものではなかった。
(六) 胖三郎は、本件ビルに居住しており、毎日のように本件各店舗を見られる状況にあるため、本件各店舗において実際に飲食店の経営を行っているのが被告香津子であることは営業を始めた当初から認識していた。他方、胖三郎は、被告清がどのような人物であるかとか、どこに住んでいるかなどの事柄には今回のトラブルになるまでは関心を持たなかった。
2 原告は、被告香津子が本件各店舗で営業し、本件建物(一)、(二)を使用しているのは、賃借権の無断譲渡又は無断転貸に当たると主張するところ、なるほど被告香津子が本件各店舗で営業し、本件建物(一)、(二)を使用していることは右で認定したとおりである。
しかしながら、右認定したところによると、原告代表者である胖三郎は、本件各店舗で飲食店を実際に経営しているのが被告香津子であることを、被告香津子が営業を始めた当初から知っており、また、遅くとも昭和六二年七月からは、本件建物(一)、(二)の賃料が被告香津子の名義で原告の預金口座に振り込まれていたが、これには何らの異議を述べなかったのである。また、原告代表者である胖三郎は、本件ビルに居住し、本件契約(一)、(二)の締結後、再三にわたって賃料の増額交渉をし、賃料増額を果たしてきており、本訴に至るまで、実際には被告香津子が飲食店を経営しているのを知りながら、これに特段の異議を述べなかったのである。以上の事柄を勘案すると、被告香津子が本件各店舗で飲食店の営業を行うことは、当初から原告もこれを承諾していたか、少なくとも黙認していたものというべきである。
したがって、被告香津子の本件建物(一)、(二)の占有が転貸に当たるとしても(なお、被告清が賃借権を被告香津子に譲渡した事実はこれを認めるに足りる証拠がない。)、これをもって無断転貸ということはできず、これを理由とする解除の主張は失当である。争点1についての原告の主張は、採用することができない。
二 争点2について
1 原告の主張(一)について
原告は、被告香津子が、本件建物の他の賃借人に必要な電話回線工事を妨害した旨主張するが、本件全証拠によっても、被告香津子が右電話回線工事を妨害したことを認めることはできず、かえって、乙第六号証及び証人神田義則の証言によれば、NTT世田谷支店は、平成六年四月ころ、当時本件ビルの一部を賃借していたソフマップについての電話回線工事を行うために、本件建物(二)に設置されている通信回線用端子箱に関する工事を行うこととなり、同年四月四日及び同月八日に工事に訪れたところ、事前に工事実施の連絡がなく、「ポプラ」が営業中であったため工事を実施せず、同年五月一八日にNTTが工事に訪れた際はソフマップ自身が不在であったため工事を実施できなかったものであって、工事が未了になったのは被告香津子が工事実施を拒否したためではなかったことが認められる。
よって、原告の右主張は理由がない。
2 原告の主張(二)について
証人神田義則、原告代表者本人尋問の結果によると、原告が依頼した清掃業者は、平成五年六月二二日と同年一一月八日の二回にわたり、本件ビルの地下にある汚水槽の清掃を行おうとしたが、清掃車両が来たのはいずれも昼の食事時間帯にかかる直前であったため、被告香津子は、清掃業者に対して、別の時間にしてほしいと申し向けたため、清掃業者は、汚水槽の清掃をしなかったことが認められる。
右によれば、被告香津子の言動によって汚水槽の清掃ができなかったともみられるが、汚水槽の清掃をいつするかということは飲食業を営む被告側にとっては重要な問題であるから、食事時間帯を避けてほしいとすることは当然であり、被告香津子が別の時間帯にしてほしいと言ったことをもって、管理権の侵害とはいえないというべきである。
したがって、原告の主張(二)は採用し難い。
3 原告の主張(三)について
甲第八号証、証人神田義則の証言、原告代表者尋問の結果によれば、昭和六一年ころ、本件建物(一)、(二)のために屋上に設置されたクーリングタワーの破片が道路に落下し通行人に当たる危険性が生じ、またタワー内の水が外装カバーがないために道路に飛び散っていたこと、被告らが依頼した業者がその撤去のために本件ビルの屋上に上がろうとしたが、原告に拒絶されたこと、その後、原告は、右クーリングタワーの撤去を行ったことが認められる。
右認定によれば、原告が本件ビルの屋上への立入りを拒絶したため、クーリングタワーの撤去作業を被告側で行うことはできなかったものであるから、これを行わなかったことをもって、被告らが原告の本件ビルについての管理権を侵害したということはできない。原告の主張は理由がない。
4 原告の主張(四)及び(五)について
仮に、原告主張のような事実があったとしても、それは、被告香津子が、工事業者に対し本件ビル入り口付近への自動車の駐車をやめるよう言ったこと、及び原告が依頼した業者に対し苦情を言ったことが認められるにすぎないのであって、これをもって原告の本件ビルに対する管理権を侵害したり、本件各契約上の何らかの義務に違反したりしたとまでいうことはできない。
5 以上のように管理権侵害を理由とする原告の解除の主張は、いずれも採用することができない。
三 争点3について
1 原告の主張(一)、(二)について
(一) 甲第七号証の2、第一八号証、第二八号証の1ないし6、第三二号証、第三三号証、第四四号証の1、第五〇号証、第五一号証の1ないし6、第五三号証、第五五号証の1、第五七号証、第六〇号証、第六七号証、第七一号証の7、乙第五号証、第七号証、証人歌田敏彦の証言、証人高橋胖の証言、証人神田義則の証言及び原告代表者尋問の結果並びに弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。
(1) 本件建物(一)は、被告清に賃貸された当時は、トイレと床から排水槽までの排水設備は設置されていたが、床、壁などはコンクリートを打ちっ放したままの、いわゆるスケルトン状態であり、内装工事はされておらず、本件契約(一)では、店舗にするための工事はすべて賃借人がすべきこととされた。
また、本件建物(二)は、当初駐車場として設計、施工されたため、水道の蛇口とトイレしか設置されておらず、本件契約(二)がされた後、被告香津子は、飲食店として利用するために業者に依頼して排水設備の工事をした。右工事は、一階の床から地下一階の天井まで穴をあけ、排水管を通し、地下一階の天井づたいに排水管を伝わせて地下一階の排水管と合流させ、最終的に地上に排出されるようにするものであった。なお、本件ビルの地上二階ないし六階部分の排水は地下一階に流れることはなく、直接、公共ますに排出されている。
(2) 本件建物(一)では、昭和四八年以前には、階段下物置から地下水が壁面を通して室内にしみ出し、コンクリート床面に敷き詰めたじゅうたんがこれを毛細管現象により吸い出すために、水浸しになることがあった。そのため、被告香津子は、昭和四八年に、補修工事を有限会社エコー商事に依頼した。エコー商事は、原告の承諾を得て、浸水のあった日の翌日である昭和四八年八月二二日から同月二五日まで工事を行ったが、右工事においては、原因を調査するため、ハツリ工事を行い、排水のため物置より地下ためますまでの配管工事を行い、地下水取出口を設け、点検用ふたを取り付け、地下水を汲み上げ、将来万が一の浸水を考えて一〇センチメートルの床あげ工事を行い、床等の配線やり直し工事を行った。右工事の代金一六二万三八〇〇円は、被告香津子がこれをエコー商事に支払い、原告は、このうち五九万円を被告香津子に支払った。
(3) 右工事後も、本件建物(一)では、天井や床下からの水漏れが完全に解消されなかったので、昭和六二年四月ころ、被告香津子は、水漏れの原因を探った上で、店舗の改装をかねた改良工事を行うこととした。被告香津子は、クリエイションに右工事を依頼し、右クリエイションは、内装を撤去して水漏れ原因の調査を行った上、同年八月ころから九月ころにかけて工事を行った。なお、クリエイションは、東京都指定下水道工事店ではなく、右工事を下請けした業者も、工事について、東京都下水道局長宛てに提出されるべき届出を行っていない。
義則とクリエイションの歌田は、右工事に先立ち、本件ビル五階の胖三郎方を訪れ、胖三郎に対し、工事を行うため、本件ビルについての電気や給排水など設備関係の図面を貸してほしいことを申し入れたところ、そのようなものはないという返事を受けた。その後、歌田は、工事の図面を作成して、胖三郎方を再訪し、工事の内容として地下一階への階段の階段面に吹きつけをすること、店内の床をあげて、天井には天井板を張らないようにすること、厨房を西側から東側に移設することなどを説明した。
(4) 歌田は、本件建物(一)の内装設備をすべて撤去し、水漏れの原因を調べたところ、本件建物(二)の厨房設備からつながる排水管からの水漏れが原因であることが判明したので、とりあえず、右排水管に仮設配管をして、地下一階の排水槽に水が流れるようにした。そして、水漏れの被害を被らないように、厨房位置を西側から東側へ移動し、店内の床を二〇センチメートルあげ、また天井板を張らないこととした。これにより、本件建物(一)の厨房設備からの排水は、東側に設置された厨房設備内の集水ますより長さ三メートル、直径八〇ミリメートルのビニール管を経て、建物の中央部の客席下部の本件ピットに流入する構造になった。本件ピットには排水用のポンプは設置されておらず、本件ピットに溜まった水は、本件ピットの西側側壁上部にあるスリーブから排水槽に流れる構造となっている。右スリーブは、本件ピットの上部に位置しており、そこまで水が達しないと排水槽に流れない。歌田は、自らのした本件排水工事によって、厨房からの雑排水を本件ピットに流していることは認識していたが、それにより適切に排水がされていると思っていた。
(5) 原告の依頼した株式会社興伸設備は、昭和六二年一二月ころ、本件建物地下の汚水槽の清掃工事をしたが、その結果、本件建物(一)の厨房設備からの排水は汚水槽に流れずに本件ピットに流入しており、本件ピットには排水ポンプがないため問題があると指摘した。なお、東京都の「建築物における排水槽等の構造、維持管理等に関する指導要領(ビルピット対策指導要領、昭和六一年一〇月制定)」によれば、排水の槽内滞留時間をおおむね二時間以内とすることが定められている。
(6) 原告は、昭和六二年一二月二八日付内容証明郵便で本件建物(一)の厨房設備の排水管が汚水槽に連結されていないので連結するよう改善することを求める通告書(甲七の2)を被告清に送付し、この通告書は、翌日、被告側に到達しているが、被告側からは何らの回答もなかった。
(二) 右の認定によると、昭和六二年四月ころ、被告香津子によって、原告主張の(一)の工事が行われたことが認められる。
しかしながら、前記認定によれば、被告香津子は、依頼した業者であるクリエイションを介して、本件建物(一)の厨房設備を変更するための工事の内容を胖三郎に説明した上で工事を行っており、この工事に対して、胖三郎が特段異議を述べたなどの事実は本件全証拠によってもうかがえないから、原告主張(一)の工事については、原告は、これを事前に承諾していたか、少なくとも、被告香津子が工事をすることを知ってあえてこれを黙認したものというべきであり、原告に無断でかかる工事を行ったとはいえないというべきである。なお、胖三郎は、本件ビルに居住しているのであるから、右工事が行われているのを知らなかったとはいえない。
(三) 次に、原告の主張(二)の工事について検討するに、前記認定事実によれば、被告の行った工事は、本件建物(一)の床のコンクリートに穴を空け、右のような空間に排水を流入させる工事であり、これは、直接建物の躯体に大きく手を加えているわけではないとはいえ、単なる改装工事の範囲を超え、賃貸人の承諾を要する改造工事に該当すると認められる。
しかしながら、原告主張(二)の工事は、原告主張(一)の工事、とりわけ厨房設備の移設等に伴う工事であるところ、原告の主張(一)の工事については、原告の承諾があったか、原告からの黙認があったものであることは、(二)で判断したとおりである。厨房設備の移設等にともなって、どのような排水設備の変更がされるかについて原告側でその委細を承知していたかどうかは本件全記録によっても定かではない。しかし、厨房設備を移設する工事を行う以上、それに伴う排水設備の変更工事も当然必要となるものであるから、厨房設備の変更工事を承諾ないし黙認する以上、排水設備の工事をすることも、承諾ないし黙認していた範囲内の工事といわざるを得ない。
したがって、原告主張(二)の工事をもって無断改造工事ということはできないというべきである。
2 原告の主張(三)について
被告香津子が原告の承諾なしに本件ビルの一階から本件建物(一)へつながる階段入口の左側に金網を取り付けたことについては当事者間に争いがないところ、このような行為は、賃貸人である原告の承諾を得た上で行うべきものであることはいうまでもないが、右工事によって具体的に原告に不利益が生じたり、あるいは本件ビルの管理上問題が生じたことは、証拠上これを認めることはできない。したがって、仮に右工事が本件各契約に違反する行為であるとしても、これをもって契約解除を肯定すべきほどの信頼関係の破壊があるものということはできない。したがって、この点についての原告の主張は理由がない。
3 原告の主張(四)について
被告香津子が、原告の主張(四)の工事を行ったことは当事者間に争いがない。
しかしながら、右の改造内容は、<1>厨房内のガス台及びガス器具を新品のものに交換、<2>厨房内の換気扇の改修工事、<3>厨房内の流し台の改修、交換工事、<4>空調設備の改修工事であるというのであり、これらの設備・造作は、前記(一)で認定したところによると、賃借人側が設置したものであり、賃借人の設備・造作の改修・修繕の域を出るものではなく、建物の改造工事とはいえないから、原告の主張(四)の工事をしたことをもって、契約解除の事由とすることはできない。
4 以上の次第であるから、無断改造についての原告の主張は、いずれも採用することができない。
四 争点4について
1 前記三、1、(一)で認定したところによると、本件排水工事により、本件建物(一)の厨房設備から排出された雑排水は排水管を通して、本件ピットに流れるようになっているが、本件ピットから排水ポンプのある汚水槽へ通じるスリーブは、本件ピットの上部にあるため、かなり多量の雑排水が常時本件ピット内に貯留することになり、悪臭等の原因にもなり、衛生的にも不適切な状態になっているものといえる。
したがって、右のような状態にした本件排水工事は、適切な工事ではなかったものといわざるを得ないところ、前記認定のように、原告は、昭和六二年一二月二八日付内容証明郵便で本件建物地下一階の厨房設備の排水管が汚水槽に連結されていないので連結するよう改善することを求める通告書を送付し、これは翌日には被告側に到達しているにもかかわらず、被告側は改善措置をとらずに今日に至っているのであって、用法遵守義務違反、善管注意義務違反をいう原告の主張も首肯し得ないではない。
2 しかしながら、前記認定によれば、本件契約(一)、(二)においては、厨房設備などの工事はすべて賃借人側で行うこととなっており、また、昭和四八年八月の本件建物(一)の漏水防止のための工事も、後にその一部の費用を原告側も負担したとはいえ、基本的には被告側で行っているのであって、これらによれば、本件建物(一)の水廻りの工事については、原告はこれを被告側に任せていたといえなくもない。したがって、被告側が不適切な排水工事をしたからといって、その責任のすべてを被告側に負わせるのは相当ではないといえる面がある。
また、証人神田義則の証言によれば、被告らは、工事を依頼したクリエイションにどのような排水工事をすべきかを特に指示したわけではなく、クリエイションから、厨房からの排水はいったん床下のます(本件ピット)に溜められ、その後そこからトイレの下の汚水槽に流れるという仕組みになっていると説明され、原告からの昭和六二年一二月二八日付通告書についても、クリエイションに相談したところ、きちんとやっている旨回答を得たので、改善措置をとらなかったことが認められるところ、クリエイションの歌田が、当時、本件ピットに配水管を接続すれば汚水槽に流れるので問題はないと考えていたことは前記認定のとおりである。右のように、被告らは、どのような工事をすべきかを業者に指示したわけではなく、工事後も業者の説明を聞いて大丈夫と判断したものであって、被告らには、本件排水工事が不適切であるとの認識はなかったものと思われ、かつ、被告側が本件排水工事の不適切さを認識し得なかったことにはやむを得ない面があったといえる。原告においても、本件排水工事の不適切さを明確に認識したのは、本件訴訟における鑑定人米川稔の鑑定(第一回)の後と思われるのである。そうしてみると、本件訴訟の過程の中において、本件排水工事の不適切さが明らかになったものの、昭和六二年一二月の通告書の当時において、本件排水工事の不適切さを認識せず、右通告書の内容に沿った改善措置をとらなかったことをもって、強く被告側を非難することはできないものというべきである。
以上の事柄を勘案すると、本件排水工事が不適切なものであり、被告側がこの改善措置をとらなかったとしても、いまだ信頼関係を破壊するほどのものということはできず、解除を認めるのは相当ではない。したがって、結局、用法遵守義務違反、善管注意義務違反をいう原告の主張も採用することはできない。
なお、付言するに、本件訴訟において、解除を認めなかったとしても、本件排水工事が客観的に不適切なものであることには変わりはなく、この工事をした被告側において速やかに配水管を汚水槽に直接つなげるなどの改善措置を講ずべきであり、不適切であることを知った上で、これをいつまでも放置しておくことが新たな債務不履行状態になり得ることはもちろんである。
五 以上によれば、原告の請求はいずれも理由がないからこれを棄却することとし、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 大槁弘 裁判官 大久保正道 裁判官 野村武範)
別紙 物件目録
一 所在 東京都新宿区西新宿一丁目一五番地一二
家屋番号 一五番一二の一
種類 車庫・事務所・居宅・店舗
構造 鉄筋コンクリート造陸屋根地下一階付六階建
床面積 一階 六二・七二平方メートル
二階 六七・四八平方メートル
三階 六七・四八平方メートル
四階 六七・四八平方メートル
五階 四九・九九平方メートル
六階 三四・二二平方メートル
地下一階 六七・四八平方メートル
二 右一項の物件の地下一階部分六七・四八平方メートル(後記図面上赤線で囲まれた部分)
三 前一項の物件の一階部分の内六二・六三平方メートル(後記図面上青線で囲まれた部分)
後記図面<省略>